「幸せ」は自ら掴むもの

 「幸せ」は自ら掴むもの


 3月24日。慶應SFCで教えていた頃の学生、M君が結婚式を挙げ、披露宴に招かれた。幸せを掴んだ彼の横顔を見ながら、「幸せ」を考えた。結論から言えば、幸せは黙って待っていてもやってこない。自ら掴みに行く勇気がなければ・・・。


 映画「HAPPY」から受け取ったもの


 3月20日、私が関わっている横浜・大倉山の地域おこしのグループが映画「HAPPY」の上映会を大倉山記念館で開いた。
 20人ほどの参加者があり、上映後、ワールドカフェ方式でディスカッションした。
 議論では、最初に映画の印象を聞いた。美人の母親がトラックにひかれて顔が潰れる重傷を負った。30回もの手術で生き延びたが、夫は去って行った。何度も自殺を考えたが、子供のことを考えて踏みとどまった。再婚し、「今はとても幸せ」という。自分に素直になれたからだろう。
 映画の最後にはインド・カルカッタの「死を待つ人たちの家」で、ボランティアをしている男性が登場する。米国で華やかな職業だった彼だが、この家で給仕をして、涙を流す収容者に、自分がしていることの充実感を感じるという。
 この映画が映しだしているのは、「幸せは自分の心の中にある」である。経済的に豊かでも。高級外車や豪邸を持っていても、満たされない人たちがいる。貧しくても日々の暮らしの中に喜びを見つけている人がいる。
 ワールドカフェの最後に、ファシリテーターが示した言葉が「動」だった。動くことで幸せが得られる・・・というものだった。


 M君がグレなかった秘密とは]


 M君の人生は、普通では考えられないものだ。
 比較的裕福な家で生まれたM君だが、3-4歳の頃に父母が離婚した。母の連れ子となって、次の父を迎えた。たしか3度目の父は大学教授だった。学生時代、また父母が離婚し、彼は父側に残された。その父が再婚し、血のつながらない父母との家庭になった。最終的にその父母とも別れることになった。その間、彼と妹は一緒の人生を歩んだ。
 成人になるまでに父母が何度も入れ替わるというのは、子供にとって恐ろしく過酷だ。しかし、M君は泣き言を言わなかった。一生懸命勉強し、クラブ活動も頑張っていた。学生時代、起業した。常に人生にチャレンジしていた。
 恋愛していた時、ベンチャーで働いていたが、彼女のお父さんが「しっかりした会社で働いている相手でなくてはダメだ」というので、転職に取り組み、楽天に再就職した。技術もビジネスもわかる若手として、周囲の期待を集めている。
 なぜ、自分を見失わなかったのか・・・。披露宴に出て、その秘密の一部がわかった気がした。彼は小学校の時も、中高の時も、学生時代も、心から信じられる友達に恵まれていた。いや、彼の誠実さ、積極性が、そうした良質な友人を獲得する原因になったのだろう。


 「分人」としての自分


 知人の鈴木健氏が昨年秋に上梓した『なめらかな社会とその敵』の中で「分人民主主義」という話を書いている。「一人が1票」ではなく、「自民党に0.7票、みんなの党に0.3票」とか分割して投票するのがベターではないかという提案だ。
 この「分人」については、作家の平野啓一郎氏が最新作『ドーン』で書き、その解説として『私とは何か〜「個人」から「分人」へ』という本を講談社現代新書で出している。
 23日に、この本を読んだ。
 人は対人関係についていろんな対応をする。その一つ一つが分人で、その集合体が一人の人間になるという考え方だ。つまり、人間を孤独な人格ではなくて、他者との関係性でとらえようという視点だ。「関係性の情報学」というテーマを追いかけている自分には、それを人間論に応用したような感覚で、とても納得できる。
 この「分人論」を応用すると、人間は他者との関係性の中で生きている。
M君は親を失った空白を、いい友人や先輩を持つことで乗り切ってきた。
 「HAPPY」の女性は、過去にこだわらずチャレンジすることで、カルカッタの男性は死を待つ人との関係性に自分を見出した。
 私も、妻と二人の子供を失ったが、信頼できる友人を多分野に持つことで、空白を感じる暇もない。
 「人生は“友福”を見つける旅だ」――この季節、学生の卒業パーティーのスピーチで必ずそう言うことにしている。
 仕事や様々な社会とのかかわりをしっかりやり、その中で築いた関係を太くしていく・・・そこからいい友が生まれ、その関係性の中で「幸せ」を実感する。それが人生の方程式ではないかと思う。
 この1週間は、そういう振り返りができた、とても充実した時間だった。
 みなさんに「ありがとう」と言いたい。そしてM君夫妻の幸せを祈りたい。「幸せは掴むものだよ」と言いながら。
               
              (2013年3月24日夜 坪田知己)

 

 

稿輪舎第3期生募集

「文章上手」になりませんか

〜〜稿輪舎・第3期(3月26日が第1回)開講のお知らせ〜〜


 あなたは自分の文章に自信がありますか?


 世の中で、合格点の文章をスラスラ書ける人は、100人に一人もいないでしょう。それは、日本の国語教育が「文章の書き方」をきちんと教えてこなかったことに起因します。

 インターネットのブログや、就活のエントリーシート、何かのお願いなど、仕事や生活の中で、文章はついて回ります。その上手下手で、結果が大きく違います。

 きちんとした文章・・・特に「共感される文章」を書くにはどうすればいいか。

 「稿輪舎」は、徹底した個人指導で、文章力を鍛えます。


<稿輪舎の特徴>

1) オーダーメード指導

「あなたは夏目漱石になれないけれど、夏目漱石もあなたになれない」。

上手な文章とは、その人の個性がくっきりと表現された文章。一人一人の個性が出るように、丁寧に添削し、コメントする個別指導を徹底します。

2) 核心文展開法

文章のおへそになる「キーセンテンス」を拾い出し、それをきれいに説明するように前後を整えます。シンプルでわかりやすい文書法です。

3) 三角形文章法

文章は読み手に伝わらなければ目的を達したことになりません。そのためには、筆者の気持ち、感性が鋭くなくては、伝わらないのです。自分の感性を生かすことが「共感される文章」のコツです。

<稿輪舎の実績>

 稿輪舎は、2011年9月に開設し、0期生(2012年3月まで)6人、1期生(2012年3月から8月まで)7人、第2期(2012年10月から2013年2月まで)7人が学びました。学生から社会人まで、男女は半々です。0期の作品の一部は以下です。

裏山の頂上の小さなお墓                  鍵田真在哉  

時を織る少女                       宮地恵美   

血天井が伝える武士の生き様                山森達也  

二見さんとガラクタ、大音量の音楽             笠原名々子 

英語教育、焦らないで                   一宮 恵  

自己満足という仕事                    池田 寛子 

明日のチャンスを手に入れるために、今日を精一杯生きる

   〜世界銀行人事マネージャーだった女性のガンバリ人生〜 一宮 恵

  

 坪田は、稿輪舎のほか、昨秋は、横浜・大倉山、横浜・鴨居、東京・杉並、神奈川・茅ヶ崎、京都・宇治などでも文章講座を開き、過去に教えた生徒は約200人です。兵庫県の市立伊丹高校では、表現力向上で成績が大幅に向上する成果をあげました。

≪募集要項≫

1) 期間 2013年3月から2013年8月まで、

2) スクーリング 計6回(3週間おき。欠席者には補講があります) スカイプ参加も可。1回目は3月26日(火)7時から。場所は東京・赤坂(アークヒルズの正面)

3)費用 入塾費 1万円 スクーリング・添削5000円×6回 トータル4万円

 2回目のスクーリング後が払込期限。1回目と、最初の添削までは無料。

4)受講資格 大学生、社会人、在宅の方もOKです。ご相談ください。宿題をメールで提出し、添削を受けるのがメインですので、スクーリングに来られない方には、スカイプやメールで対応しますので、ご安心ください。

5) 定員 6名(少数精鋭主義です、全員に見違えるような実力をつけていただきたいということです) 先着順。

6) 希望される方は、簡単なプロフィールと志望理由(400字から1000字)を下記にメールで送ってください。3月19日締め切りです。応募者多数の場合は、チーム分けなどで対応します。必要なら面接します。質問のある方はお気軽にメールをください。対応します。

坪田(tomtsubo●gmail.com) (●を@に変えて、メールしてください)


《講師紹介》

坪田 知己

1972年 日本経済新聞社入社、87年まで社会部、産業部で記者

1984年 社会面企画「サラリーマン」で菊池寛賞を受賞(グループ取材)

1985年 日本経済新聞1面企画「21世紀企業」取材班キャップ

1989−91年 日経BP社「日経コンピュータ」副編集長

1991−94年 日本経済新聞 産業部デスク

2005−09年 日経メディアラボ所長

2012年から京都工芸繊維大学特任教授、内閣府地域活性化伝道師

著書に『マルチメディア組織革命』(1994年 東急エージェンシー)、『2030年 メディアのかたち』(2009年 講談社)、『人生は自燃力だ!!』(2010年 講談社)、『ふるさと再生』(2010年 講談社)、など


野田 幾子

アスキー マックピープル編集部所属後、99年12月よりフリーランス

2000年よりソニーニコンパナソニック、日立など、企業ブランディングサイトの執筆やコンテンツディレクションに携わる。

2003年より取材、コピー、記事執筆を手がけたWebサイト「design yamaha」(ヤマハ)が2005年TIAA コーポレート部門金賞受賞。

2006年12月より、ニコンの会員制Webサイト「eNikkor Club」の編集長として立ち上げにかかわり、現在も継続中。

Web媒体での執筆/編集のほか、『日経ビジネス』、スポーツグラフィック誌『ナンバー』などでの執筆、書籍編集など、活動するジャンルは幅広い。共著に『mixiの本』ほか。



<第2期生の感想の一部>

 〜大切な縁を与えてくれた、「文章講座」〜

文章を読みやすくする方法の中で、「中見出しを付ける」や「 」に入れるポイント等、大切な点をわかりやすく、ていねいに指導して頂いた。
受講生の個性を残しながら、納得できる添削文に仕上がっているので、とても勉強になった。このまま次の講座に残り、続けたい…。

職業や年齢も違う人々が、「文章」を通して学習する機会に初めて遭遇し、不思議な縁を感じた。受講の理由は、みなさん異なるだろうが一緒に勉強させて頂き本当に良かったと思う。
 私は現在、児童文学を勉強中なので今回教えて頂いた「技」を沢山使い、絵本や童話創作に役立てたい。そして、いつか皆さんに「こんな本を作りました」と報告できる日を夢みている。
                   (T.Oさん=女性)

地域情報化で掴むべき未来

地域情報化で掴むべき未来

 私は6年ほど前から総務省の「地域情報化アドバイザー」というのをやっている。

 その関係で、地方で講演したり、最近は文章講座を行ったりしている。
 でも、それが、本当に地域情報化に役立ったかは、かなり疑問だ。
 講演などは一過性のもの。そこから何かが起こることはほとんどない。確実に「やった」と言えるのは、昨年2-3月に杉並区でやった産休中のママ向けの文章講座。彼女らが書いた商店主インタビューが地域新聞になり、ネットのホームページになった。

 http://wadashotenkai.jimdo.com/

 これは、受講生のママたちが大変有能だった(東大卒、慶大卒、公認会計士など)のと、子育ての場としての地域を住みやすい場所にしようという意欲が高かったのが成功要因だった。
 この事例を、横浜・大倉山のママたちが追っかけていて、ここでも商店街活性化が動き出している。

 いま、大倉山のグループが取り組んでいるのが、「街普請事業」だ。

 http://www.city.yokohama.lg.jp/toshi/chiikimachi/machibushin/

 これは横浜市が、地域活性化のためのハードの整備について最高500万円まで補助する事業。
 これに「普請」という江戸時代以前の言葉を当てたのがとても素晴らしい。

 今は、公共事業は税金を使って土木建築業者がやるもの。ところが江戸時代までは、道路や堤防は地元の人が材料を供出し、自ら汗をかいて作った。「あまねく請う」ということで「普請」と言った。「地域ぐるみで公共インフラを整備する」ということだ。この精神が素晴らしい。

 昨年10月、過去の実施事例の発表会と交流会があって、私も参加した。その時、学生が最後のグループ発表で「普請という言葉が古くてダサい」と言った。私はすぐさま立って、「昔の人がやっていた素晴らしいこと、その精神を知らないで、『古いからダメ』というのは、浅薄。ちゃんと辞書を引いて、言葉の意味をくみ取ってから発言してほしい」と言った。

 いま、地域情報化に求められているのは、この「普請」の精神ではないだろうか。
 役所頼み、税金頼みは絶対にダメだ。
 自分たちが愛するふるさとを、もっともっと明るく楽しい、暮らしやすいところにしたい・・・という住民自身の願いがなければ前に進まない。横浜の街普請事業はそうした市民グループが呼応したことで成功例を次々に生み出している。いわば公設民営だ。
 単にハコモノを作るのではなく、住民の「願い」が形=ハードになることで、地域の結束力を高めている。

 地域情報化もインフラ整備の時代は終わった。問題は「利活用」「産業振興=雇用増大」だ。文化とビジネスの創出という言い方もできる。

 ここで、重要なのは、「ニーズの掘り出し」と「マッチング」だと思う。
 杉並の事例は、「消費者目線での商店街活性化」というテーマを持っていたNさんが仕掛けて、ママたちの「ふるさと愛」を引き出し、「文章講座」とマッチングさせたことで大きく前進した。

 「何をやっていいかわからない」ということでは、「ベストプラクティスの発掘と提示」が必要だ。成功事例を知れば、「我々にもできるかもしれない」という気になる。

 そう思った、住民や自治体職員が「駆け込み寺」に行く。そこで、知識と経験がある地域情報化アドバイザーが出かけて、指導・助言をする。

 そういう流れが理想ではないか。
 ここで重要なのは「駆け込み寺」だ。それは総務省が用意する。ここで、誰がどういうことができるかを把握し、この問題にはどのアドバイザーかを推薦する。このアナログな仕事が非常に重要だ。

 折角できた地域情報化アドバイザーをフルに活用すべき。現段階では1割も使われてないのではないか。そう感じている。問題は連係プレーだ。

 
 

「文章上手」になりませんか? 稿輪舎2期生募集

「文章上手」になりませんか

〜〜稿輪舎(主宰・坪田知己)からのメッセージ〜〜


 あなたは自分の文章に自信がありますか?


 世の中で、合格点の文章をスラスラ書ける人は、100人に一人もいないでしょう。それは、日本の国語教育が「文章の書き方」をきちんと教えてこなかったことに起因します。

 インターネットのブログや、就活のエントリーシート、何かのお願いなど、仕事や生活の中で、文章はついて回ります。その上手下手で、結果が大きく違います。

 きちんとした文章・・・特に「共感される文章」を書くにはどうすればいいか。
 「稿輪舎」は、徹底した個人指導で、文章力を鍛えます。


<稿輪舎の特徴>
1) オーダーメード指導
「あなたは夏目漱石になれないけれど、夏目漱石もあなたになれない」。
上手な文章とは、その人の個性がくっきりと表現された文章。一人一人の個性が出るように、丁寧に添削し、コメントする個別指導を徹底します。
2) 核心文展開法
文章のおへそになる「キーセンテンス」を拾い出し、それをきれいに説明するように前後を整えます。シンプルでわかりやすい文書法です。
3) 三角形文章法
文章は読み手に伝わらなければ目的を達したことになりません。そのためには、筆者の気持ち、感性が鋭くなくては、伝わらないのです。自分の感性を生かすことが「共感される文章」のコツです。

<稿輪舎の実績>
 稿輪舎は、2011年9月に開設し、0期生6人、1期生7人が学びました。学生から社会人まで、男女は半々です。0期の作品の一部は以下です。

裏山の頂上の小さなお墓                  鍵田真在哉  
時を織る少女                       宮地恵美   
血天井が伝える武士の生き様                山森達也  
二見さんとガラクタ、大音量の音楽             笠原名々子 
英語教育、焦らないで                   一宮 恵  
自己満足という仕事                    池田 寛子 
明日のチャンスを手に入れるために、今日を精一杯生きる
   〜世界銀行人事マネージャーだった女性のガンバリ人生〜 一宮 恵
  

 坪田は、稿輪舎のほか、横浜・大倉山、横浜・鴨居、東京・杉並などでも文章講座を開いており、今秋は京都・宇治、神奈川・茅ヶ崎でも開講予定です。


1) 期間 2012年10月から2013年1月まで、

2) スクーリング 計6回(3週間おき。欠席者には補講があります) スカイプ参加もあり。1回目は10月10日(水)7時から。場所は赤坂(アークヒルズの正面)

3)費用 入塾費 1万円 スクーリング・添削5000円×6回 トータル4万円
 2回目のスクーリング後が払込期限。1回目と、最初の添削までは無料。

4)  受講資格 大学生、社会人、在宅の方もOKです。ご相談ください。

5) 定員 6名(少数精鋭主義です、全員に見違えるような実力をつけていただきたいということです) 先着順。9月28日現在空きがあります。
6) 希望者は、簡単なプロフィールと志望理由(400字から1000字)を下記にメールで送ってください。必要なら面接します。


《講師紹介》

坪田 知己

1972年 日本経済新聞社入社、87年まで社会部、産業部で記者
1984年 社会面企画「サラリーマン」で菊池寛賞を受賞(グループ取材)
1985年 日本経済新聞1面企画「21世紀企業」取材班キャップ
1989−91年 日経BP社「日経コンピュータ」副編集長
1991−94年 日本経済新聞 産業部デスク
2005−09年 日経メディアラボ所長
2012年から京都工芸繊維大学特任教授、内閣府地域活性化伝道師

著書に『マルチメディア組織革命』(1994年 東急エージェンシー)、『2030年 メディアのかたち』(2009年 講談社)、『人生は自燃力だ!!』(2010年 講談社)、『ふるさと再生』(2010年 講談社)、など


野田 幾子

アスキー マックピープル編集部所属後、99年12月よりフリーランス
2000年よりソニーニコンパナソニック、日立など、企業ブランディングサイトの執筆やコンテンツディレクションに携わる。
2003年より取材、コピー、記事執筆を手がけたWebサイト「design yamaha」(ヤマハ)が2005年TIAA コーポレート部門金賞受賞。
2006年12月より、ニコンの会員制Webサイト「eNikkor Club」の編集長として立ち上げにかかわり、現在も継続中。
Web媒体での執筆/編集のほか、『日経ビジネス』、スポーツグラフィック誌『ナンバー』などでの執筆、書籍編集など、活動するジャンルは幅広い。共著に『mixiの本』ほか。


坪田(tomtsubo●gmail.com) (●を@に変えて、メールしてください)


<0期生の感想>


稿輪舎で学んで


正直に告白すると、私は、文章中に有効な情報があるか否かに関心が強い。

良く書けた文章より、正確な数値データや図のほうが役に立つことが多いと思っている。こう思う理由は、私が受けた工学教育の影響が大きいことはもちろんだが、それ以上に、言語という壁の存在がある。

日本語でも、奈良の都の賑わいを伝える素晴らしい古文を私は理解できない。ところが、品名が記された木簡のリストを見れば、都を往来する人や荷車の様子を想像できる。データの扱い方や、英語で書くことを学んだほうが、より多くの人に伝えることができる。いや、音楽や絵画のほうが直接的に伝えられるのではないか。技術を伝えるなら、設計図や実物そのものがよいだろう。

そんなことを普段考えている私が「稿輪舎」の第0期生になった。もちろん、良く書けた文書に出会えば気持ちがよく、上手な文章への憧れがある。でも、そんな心地良さや、憧れに、つき合っていられない貧乏ヒマなしの身分。なのに、何故、参加したのか?

自分でもよくわからないスタートだった。しかし毎月、課題文を書き、提出、添削された課題文について、二人の講師と参加受講者で議論をしているうちに気がついた。

文章の書き方を学ぶことは、自分を知り、他人を知り、

そして、自分を自由にする方法を学ぶこと。

実務上のコミュニケーション、情報伝達という観点では、英語や他の方法を学ぶことも大切だが、日本語で考え、感じることが、私の基本だ。

文章に向きあうことで、それを書いた自分に向き合う。文章が自分を規定していることに気づく。ならば、文書を変えれば、自分が変わる可能性がある。

「文章」への意見、修正に対する、それを「書いた人」の反応を観察して議論に参加する。そうすると「書いた人」が自分の番になったとき、意見や修正に反応する自分が、不思議に客観的に見えてくる。それまでの自分に固執せず、自由にものが考えられる。

さて、この気づきを生かして、どんな風に自由に文章が書けるようになるのか?

色々試してみたくて、今、私はわくわくしている。

そうか、「稿輪舎」は、このわくわく感を醸し出して私を誘ったに違いない。

例年より遅い梅便りを待ちながら、 宮地恵美(2012年2月25日)

(O期生、株式会社MMIP代表取締役

以上

≪The Opinion by 自燃力≫ 第1回 それでも君は「食べるために就

≪The Opinion by 自燃力≫・・・『人生は自燃力だ!!』の著者、坪田知己が贈る「喝」


第1回 それでも君は「食べるために就職するのか?」


 最近、仕事の話をしていて、周囲の人と違和感を感じることが多い。
 先日も、「いまやっているネット通販とかは楽しいんだけど、食べていけないの。ちゃんとした仕事に着かないとだめね」という女性の話を聞いた。
 「就職難」の時代である。一流大学を出ても、なかなか就職先が決まらない。50社、60社も受験して内定が得られない学生もいる。
 大学の多くで、「就活支援センター」などを設けて、志望先の選定や、面接の指導、エントリーシートの書き方などを指導している。
 こういう小手先の指導ははっきり言って無駄と思う。

 私は37年間、新聞社で仕事をしたが、「お金をもらうために仕事をしている」とか「給料のために我慢」という感情を持った記憶がない。
 新聞記者という仕事が好きだったし、それに誇りを持っていた。また「世の中を良くする」という使命感もあった。

 学生諸君に問いたいのは、「たった1回の人生を、食べるために費やして惜しくないか?」ということだ。

 人間として生まれて、勉学するうちに、世の中がわかってくる。それに対して、自分が何をやればいいかが定まってくる。運動神経、記憶力、器用さなどの得意技を生かしてやっていけるか・・・、今の社会に欠けているものを自分が何とかしようと考えるか・・・、好きで好きでたまらないモノをやっていきたいか・・・などだ。

 プロ野球選手やプロサッカー選手になりたいという少年はたくさんいる。しかし、ほとんどの少年は、自分より優れている同年代に追いつけないと考え、あきらめる。
 アニメの仕事をしたいという少年も多い。しかしあまりの低賃金に最後はあきらめてしまう。

 ちゃんと食べていくには、人並み以上の努力が必要だし、才能がなければならない。だからと言って「テキトーに」でやっていては、いつまでも振り回されるだけだ。そして最後は社会に不満を持ったり、自暴自棄になって、犯罪を犯したりする。

 他人の何倍もの知識欲、書きことが好き、世の中を良くしたい・・・それが私の職業選択のベースだった。小学校の5,6年の頃には「新聞記者」というイメージが自分の中にあった。天文学者という別の夢を持ったこともあったが、自分か書くことに慣れていることが、必然的に新聞記者への道につながった。

 50代、60代になって「誇りの持てる人生だったか」と振り返るときに、「目標に向かって頑張った」という自分がよみがえってくる。

 「泣いても笑ってもたった1回の人生」――。後悔しないために、絶対大事なことは、自分を見失わないことだ。「意志を貫く」・・・その強さがなければ、人生は渡っていけない。

<余話>
 昨年末から「新聞記者を目指す」というA君とB君という二人の若者を指導していた。A君は、はっきりいって「あこがれ」だけ。文章を書かせて、コメントを送ったが、「自分」というものが示されなかった。ちゃんと、地に足を付けて、勉強し、モノを見ていない。指導を打ち切った。
 B君は、地方新聞社志望。この春、2社受けて不合格。大学院でさらに勉強しようとしている。「こういう本があるよ」と言えば、すぐに読んで、感想を返してくる。彼は必ず成功するだろう。執念がある。
 人生で一番大事なことは、執念=情熱だ。それがあれば、イチローのようなひょろひょろの小学生でもスター選手になれる。能力があっても執念がないと大成しない。人間はどこまでいっても「意志の動物」だ。
                (2012/9/7)

「稿輪舎」 第2期生 募集

「稿輪舎」 第2期生 募集 (2012年9月1日)

(株)コラボトリエは大学生と社会人を対象に、文章作成と取材を実践指導する「稿輪舎」の第2期生を募集します。

指導には、元日本経済新聞記者の坪田知己と、フリーライターの野田幾子が当たります。

下記のように、実践的な指導をします。

坪田、野田は新聞、雑誌、書籍について多くの文章を書き、さらにネットでの情報発信にも精通しています。基本的な取材、執筆の手法ばかりでなく、ネット時代にも通用する手法を伝授します。

将来、マスコミ業界を目指す人はもちろん、一般の会社でも、洗練された文章が書けることは大きな強みです。またインタビューのノウハウは調査や営業で客先と交渉する場合にも役立ちます。

内容的にはハードですが、少人数でみっちりと教え、添削指導を行います。

意欲のある方は是非チャレンジして下さい。



1) 期間 2012年10月から2013年1月まで

2) スクーリング 計6回(3週間おき。欠席者には補講があります) スカイプ参加もあり

場所は赤坂(アークヒルズの正面)

3) 費用 入塾費 1万円 スクーリング5000円×6回 トータル4万円

4) 受講資格 大学生、社会人、在宅の方もOKです。ご相談ください。

5) 定員 6名(少数精鋭主義です、全員に見違えるような実力をつけていただきたいということです)

6) 内容

 a)文章の書き方、構成法

   主にブログを意識して、読者の共感を呼ぶ文章にする訓練をする。1000−2000字の文章を、最低4本書いていただく。細かく指導、添削します。

b)インタビュー

   座学の後、実際にフィールドに出て、インタビューし、文章化する。

c)その他

講師の取材や執筆の経験について、お話しします。

全てについて、合格点の方には修了証を授与します。

《講師紹介》

坪田 知己

1972年 日本経済新聞社入社、87年まで社会部、産業部で記者

1984年 社会面企画「サラリーマン」で菊池寛賞を受賞(グループ取材)

1985年 日本経済新聞1面企画「21世紀企業」取材班キャップ

1989−91年 日経BP社「日経コンピュータ」副編集長

1991−94年 日本経済新聞 産業部デスク

2005−09年 日経メディアラボ所長

著書に『マルチメディア組織革命』(1994年 東急エージェンシー)、『2030年 メディアのかたち』(2009年 講談社)、『人生は自燃力だ!!』(2010年 講談社)、『ふるさと再生』(2010年 講談社)、など

1992−94年 日経サテライトニュースでキャスターを務める

2011年 BS11「ふるさと紀行」レポーターなど


野田 幾子

アスキー マックピープル編集部所属後、99年12月よりフリーランス

2000年よりソニーニコンパナソニック、日立など、企業ブランディングサイトの執筆やコンテンツディレクションに携わる。

2003年より取材、コピー、記事執筆を手がけたWebサイト「design yamaha」(ヤマハ)が2005年TIAA コーポレート部門金賞受賞。

2006年12月より、ニコンの会員制Webサイト「eNikkor Club」の編集長として立ち上げにかかわり、現在も継続中。

Web媒体での執筆/編集のほか、『日経ビジネス』、スポーツグラフィック誌『ナンバー』などでの執筆、書籍編集など、活動するジャンルは幅広い。共著に『mixiの本』ほか。


<Q&A>

Q:今なぜ文章塾を開設することになったのですが

A:2009年に、学生に取材させ、記事を書かせる「スイッチオン・プロジェクト」というものをやり、そこで、プロの手法を教え、添削したのですが、そのことで学生は大きく進歩しました。ノウハウだけでなく、ものの見方なども変わりました。この経験を、後進の人にも伝えたいと思ったことです。

<参考>スイッチオンプロジェクトでの記事の1例

http://news.goo.ne.jp/article/gooeditor/life/gooeditor-20090701-07.html

Q:スクーリングの内容は?

A:3週間おきにやります。そこでも作業をして頂きますが、スクーリングの間に宿題を出しますので、次のスクーリングまでに宿題をこなして、結果を報告していただきます。この宿題と、それに対する講評、添削が、講座の基幹部分です。

時間は塾生の都合を勘案して決めます。

Q:実際に取材するのですか?

A:仕上げとして、インタビューしてそれを原稿にする・・・というのが卒業作品になります。インタビュー力、質問力と、文章の構成力などを総合的に使うものですので、必ずやっていただきます。

Q:講師の過去の経験なども聞けますか?

A:どんどん質問してください。失敗談もたくさんあります。そのことでライターというものの実態がよくわかると思います。

Q:応募の資格は? 

A:0期生(2011年9月から12年2月まで)は、学生4人、社会人2人でした。年代は20代から50代まででした。1期生(2012年3月から8月まで)は、学生2人、社会人5人でした。このため、平日の午後7時から2時間のスクーリングを実施しました。

Q:申し込み、試験は?

A:簡単なプロフィールと志望理由(400字から1000字)をメールで送ってください。必要なら面接します。

Q:受講料などは、入塾前に払うのですか?

A:第1回目のスクーリングを受けていただき、第2回のスクーリング前後に、お支払いください。一方で、講師の方から「指導するに不適格」と判断した場合は、受講をお断りする場合があります。


≪重要≫申し込み

希望者は、簡単なプロフィールと志望理由(400字から1000字)を下記にメールで送ってください。必要なら面接します。期限は9月20日(木)とします。6人の定員が埋まった段階で、初回のスクーリング(10月前半を予定)の日程を決めます。

その他、お問い合わせも、メールでお願いします。

坪田(tomtsubo●gmail.com) (●を@に変えて、メールしてください)


稿輪舎を創るにあたって〜坪田知己(2011年8月)

このたび、株式会社・コラボトリエは、「稿輪舎」という教育事業を始めます。

これは、21世紀という時代に生きる私たちにとって大事な「情報発信能力」を鍛えるための私塾です。

日本の教育で致命的に欠落しているのは、「自分の考えを相手に伝える力」です。世界中の国がこの「伝える力」を国語教育の最大の眼目にしているのに、日本だけが、このことを小学校から大学までほとんど教えていません。

「言葉」は、人類が生み出したとても素晴らしい意思伝達手段です。それは、誰のものでもなく、自分のものなのです。

日本の国語教育は、芥川龍之介夏目漱石などの文豪の文章の読解に主眼を置いています。名文とはそうした文豪たちが書いてきたものだとされています。

そして、私たちは、何か素晴らしい文章があって、それを求めるように仕向けられます。

私は、約20年間新聞記者をしてきて、「自分の文章が書けなかった」ことを悔やんでいます。新聞社は、記者が書いた文章をデスクが添削して、商品としての「記事」にします。新聞に掲載されているものは、「新聞社」という「システム」が制作した文章なのです。

そのために私は1994年の『マルチメディア組織革命』から始まって、4冊の本を、自分だけの力で書いてきました。

私たちは、いま、パソコンとインターネットにつないで、自由に情報発信することができます。ところが「読み手」として見たときに、「いい文章だな」と思うことがほとんどありません。ただ「徒然なるままに」書かれているからです。

上手な文章とは、「自分が表現できている文章」です。芥川龍之介夏目漱石も、先人の文章を学びましたが、最後は「自分らしい文章」を身につけたことで、一流の文章家と認められたのです。

つまり「自分磨き」こそが文章上達の王道なのです。それは誰かに強制されるではなく、自分自身が磨いていかねばならないのです。

「稿輪舎」は、塾生の「自分磨き」をサポートします。情報をどうやって収集し、それを消化して、組み立て、自分の表現にしていくか・・・を実践していく中から、「自分流」を確立して頂きます。

稿輪舎では、企画力、取材力(特にインタビュー力)、構成力、言葉を見つける力など、「文章」をキーにしながら、総合的な人間力を身につけられるように、ワークショップ形式で指導します。

稿輪舎は、営利を目的にしていません。受講した方々がもれなく「文章を書く喜び」を持てるように指導します。「一人一人の個性を講師がしっかり把握する」ということで、受講生は6人を定員とします。

私、坪田知己と野田幾子は、この仕事を「新しい文章技法」を普及させるきっかけにしたいと考えています。一緒に学んでいきましょう。


<稿輪舎の名称について>

稿=原稿です。輪=ネットワークです。ネットワーク時代の文章技法を学ぶための学舎です。

もうひとつは「降臨」です。文章を書くために悩み抜いた末、ある瞬間、頭の中に文章があふれ出し、ただそれを書き留める作業に夢中になります。これをライターの間で「降臨が起きた」と称します。

稿輪舎は「降臨」がスムーズに起きるための基礎訓練の場でもあるのです。

<最後に>

この課程を修了すると、あなたには世界が違って見えてくるはずです。どのような事象も、自分のセンスで説明し、インパクトのある表現で伝えられる。

この能力は、プロのライター、記者にならなくても、会社の中での仕事、日常生活でも役立ちます。もちろん就職活動でも。

文章を手足のように操る能力がつき、自分に自信が生まれるはずです。それはきっとあなたの生き方自身をステージアップできることになると思います。


<0期生の感想>

稿輪舎で学んで

正直に告白すると、私は、文章中に有効な情報があるか否かに関心が強い。

良く書けた文章より、正確な数値データや図のほうが役に立つことが多いと思っている。こう思う理由は、私が受けた工学教育の影響が大きいことはもちろんだが、それ以上に、言語という壁の存在がある。

日本語でも、奈良の都の賑わいを伝える素晴らしい古文を私は理解できない。ところが、品名が記された木簡のリストを見れば、都を往来する人や荷車の様子を想像できる。データの扱い方や、英語で書くことを学んだほうが、より多くの人に伝えることができる。いや、音楽や絵画のほうが直接的に伝えられるのではないか。技術を伝えるなら、設計図や実物そのものがよいだろう。

そんなことを普段考えている私が「稿輪舎」の第0期生になった。もちろん、良く書けた文書に出会えば気持ちがよく、上手な文章への憧れがある。でも、そんな心地良さや、憧れに、つき合っていられない貧乏ヒマなしの身分。なのに、何故、参加したのか?

自分でもよくわからないスタートだった。しかし毎月、課題文を書き、提出、添削された課題文について、二人の講師と参加受講者で議論をしているうちに気がついた。

文章の書き方を学ぶことは、自分を知り、他人を知り、

そして、自分を自由にする方法を学ぶこと。

実務上のコミュニケーション、情報伝達という観点では、英語や他の方法を学ぶことも大切だが、日本語で考え、感じることが、私の基本だ。

文章に向きあうことで、それを書いた自分に向き合う。文章が自分を規定していることに気づく。ならば、文書を変えれば、自分が変わる可能性がある。

「文章」への意見、修正に対する、それを「書いた人」の反応を観察して議論に参加する。そうすると「書いた人」が自分の番になったとき、意見や修正に反応する自分が、不思議に客観的に見えてくる。それまでの自分に固執せず、自由にものが考えられる。

さて、この気づきを生かして、どんな風に自由に文章が書けるようになるのか?

色々試してみたくて、今、私はわくわくしている。

そうか、「稿輪舎」は、このわくわく感を醸し出して私を誘ったに違いない。

例年より遅い梅便りを待ちながら、 宮地恵美(2012年2月25日)

(O期生、株式会社MMIP代表取締役

以上

メディアの完全敗北から完全勝利へ
 (「みんなで考える情報通信白書」への投稿)


 完全敗北だったメディア


 2011年3月の東日本大震災は、メディアにとって「完全敗北」だった日として記憶されるべきだ。
 最初に「3-6メートルの津波」という情報を流し、そのあと「10メートル以上の津波」に訂正したが、被災地の住民の多くが、その情報を軽視した。あるいは知らなかった。
 周知徹底が足りなかったということは、行政やメディアの責任が大きく。NHKは反省番組を作り、こうした情報の流し方を改善するとしている。
 一方で、最近の頼るべきメディア(財布より優先するという人が多い)である携帯電話は、中継施設が津波にのまれたり、集中局の停電などで長時間途絶した。また震災直後は輻輳(ふくそう)によってかからなくなった。
 以上のことについて、メディア自身が反省し、対策を打とうとし、携帯電話のパケット通信を利用した災害時専用サービスのように実用化されたものもある。
 しかし、このようなサービスは、10年後20年後に「小手先の処置」といわれるだろう。
 つまり、現在のメディア構造が基本的にピラミッド型(ヒエラルキー型)であることが、最大の問題点だと私は指摘したい。
 今の民主主義が、国民を統治するための偽善システムだということと相似形だ。

 住民は統治される対象ではなくて、国家の主役であり、それぞれが自己実現する権利を持っている。
 ところが、市民革命を経験しなかった日本は、徳川時代幕藩体制の思想から脱していない。「住民が主役」にはなれていない。
 メディアの構造もそうで、放送は不特定多数の視聴者、新聞も実質不特定多数の読者に対して、「上意下達」式の情報をばらまくだけである。
 象徴的だったのが、NHKの生活情報である。どこで食糧が配られている、どこで水が飲める・・・などの情報を垂れ流す放送に対して、自分の地域のことが知らされるまで2時間も3時間もラジオを聴いている視聴者がいるというのは、「想定外」であり、発信者の傲慢だ。


 メディアの主役は利用者


 21世紀の決定的なテーマとして、「メディアの主役は利用者」という大原則を確立してほしい。
 私は、2009年に『2030年 メディアのかたち』という未来予測の本を書いた。結論はそこに書いた通りだ。
 つまり、現在のメディアは中央集権型の「1対多」なのだが、未来メディアは「多対1」型の利用者が主役の構造になるということだ。その理由はたった一つ。「情報洪水」が起きたからだ。
 これまでは希少な情報を多数の利用者に分配することしかなかった。統治者は自分に情報を集め、被支配者に情報を小出しにすることで、統治を正当化しようとした。しかし、シェアされるべき情報はたくさんあり。それを行政などが利用者のためにほとんど活用していないことは、今回の震災ではっきりした。放射能汚染の予測を行ったSPEEDIの例が象徴的だ。またインターネットによって、民間の重要情報がおびただしく発信されている。
 情報はたくさんあることが重要ではなくて、必要な人に必要な情報が届くということが大事なのだ。


 さかさまの情報配置が必要


 以上の様な認識に立てば、現在の情報伝達の仕組みはとんでもない勘違いだとわかるはずだ。つまり、必要な時に使えるように情報が配置されていない。
 たとえば、ヒマラヤの高山に登山することを考えよう。ふもとの村から出発して、高度4000メートル前後にベースキャンプを起き、そこからキャンプを3-4個作って、最後がアタックキャンプ。そこからリュックを担いて頂上を目指す。
 そこでの食糧の配置のように、本人が常時持っている情報、市町村やかかりつけの病院などが持っている情報、都道府県が管理している情報、国が管理している情報が、災害時にすべて、本人の安全・安心のために動員されなくてはならない。
 このことをスムーズにやるために、国民番号制度は必須だ。
 たとえば、腎臓が悪く、人工透析を受けている患者などの場合、かかりつけの病院が被害にあったら、引き受けてくれる別の病院はどこで、そこに搬送される手順を本人と病院側、行政が把握している必要がある。


 5W1Hの本質的な意味


 5W1H(いつ、どこで、だれが、何を、なぜ、どのように)は、ニュース記事を書く時の必須条件だが、情報をどう扱うかについてのチェック項目でもある。
 人工透析患者の救急に対して、その患者について、いつ、どこで、何を、どのように・・と考えて、その場所、その時点での適切な情報が、本人と、救助側にないといけない。
 翻って考えると、情報にはすべて属性がある。岩手県釜石市の病院の情報は、東京都世田谷区では全く必要がないが、周辺の市町村では必要な情報だ。
 つまり、情報をスムーズに伝達するには、その必要情報をピックアップする体系が必要なのだ。そのことが現在の情報伝達システムに決定的に欠けている。
 本人の住所のGPSデータと病院の所在地のGPSデータがわかれば、その関係度がわかる。医師の勤務時間がわかればよりベターだ。
 つまり、多くの情報に、時間、場所、何のためのものか、誰のためのものか・・・というタグがついていれば、ハンドリングは革命的に楽になる。
 そのような情報倉庫を、市町村レベル、都道府県レベルに配置し、しかもバックアップも完備しておく。そうすれば、災害時にそれらを適切に動員して、対応できる。


 情報体系を抜本的に見直そう


 個人情報保護法に見られるように、近年、欧米流のプライバシー概念が優勢になったために、必要な時に情報が使えないという事態が生じている。
 そのことで、本人の生命が危険にさらされるとしたら、その責任はだれがとるのか?
 国や地方自治体は、住民の生活を守る義務がある。そのことに照らして、非常時に個人情報をどう扱うかの基準が必要ではないか。
 情報が分断されて危険度が増すのは、どうみても進化ではない。必要な時に、必要な情報が安全・安心のために総動員されてこそ文明国家ではないか。
 以上のように、「上意下達」の体系ではなく、行政が、住民の安全・安心を守るための奉仕者という観点から、どこに情報を起き、どの時点で、どのように活用するか・・・そこをしっかり考えてほしい。


 平時にも使える「多対1」システム


 災害時を想定した「住民本位の情報システム」は平時でも活用できる。
 現在は異常な情報氾濫社会だ。私の郵便受けには、毎週100枚以上のチラシが投げ込まれる。新聞の折り込みも1週間で厚さが1-2センチになる。ざっとみて捨てるが、廃棄率は99%を超える。子供のいない家庭に進学塾のチラシは不要だ。住み替えを考えていない人にマンションのチラシは要らない。
 一方で、スパムメールも1日平均20本ぐらいくる。これも不要だ。
 こうした無駄が、様々なサービスのコスト増を招いている。バカげた経済だと言わざるを得ない。
 必要な人に必要な情報を届ける・・・考えてみれば、企業の役員などに秘書がついているのは情報のフィルタリングが必要だからだ。本人がいつも電話に対応していたら仕事にならない。
 そういう意味で、今後の情報伝達の中で、「電子秘書」という考え方がキーポイントになる。情報の前さばきを自動化するという発想だ。
 我が国の情報通信政策は、どちらかというと業者寄りで、利用者や住民の視点が薄い。「チラシは公害」というぐらいの発想があっていい。チラシに埋もれて、行政からの重要書類が消えてしまったらどうにもならない。必要なものと不要なもの・・・そこを判別することについて、もっと敏感になるべきだ。


 サービス・コンテンツレベルの情報政策を


 国家としての情報政策はどうしても、社会インフラの整備にシフトしがちだ。しかしインターネットがどこでも使えるようになって、そうしたインフラが国家の発展に十分寄与できているのか・・・という疑問がある。
 「インフラ整備から利活用へ」という方向が21世紀に入って強まっている。それは、リテラシー教育だったり、キーマンの育成だったりするが、一方で、ここで述べたようなサービス・コンテンツレベルの総合体系を考える必要があるのではないか。
 そのすべてを、国が担えというのではない。その体系の中で、個人がやること、民間の業者がやること、行政がやることを区分して、トータルに個々人の安心・安全・効率的なアクティビティを保証していく・・・今後の情報通信政策は、その方向であってほしいと強く願っている。
 このことによって、大震災時のメディア完全敗北を、世界最強のものに大転換し、それは世界中に輸出できる製品・サービスの母体になると、私は信じている。

 2012年4月5日

     坪田 知己(メディアデザイナー、京都工芸繊維大学特任教授)